オランダはヨーロッパ大陸の北端に位置し、南にベルギー、東にドイツと国境を接しています。海を挟んで西にはイギリスがあります。 趣旨:オランダ観光を楽しむためのカンタンな通史 このページでは先史時代から現代まで、いまオランダが位置する場所で起こ[…]
マーストリヒトはオランダ最南端の州(リンブルフ)の州都。ベルギーとドイツの国境のはざまに食い込むような位置にあり、オランダ西部の都市とは少し雰囲気がちがうと言われる町です。 マーストリヒト マーストリヒトの年表 参考:Timeline of[…]
戦後~1950年代イギリスの概観 戦勝国 物資の欠乏と価格の高騰(インフレ)⇒デフレ政策不評 他の西欧諸国と比べれば安定 直接的な戦場にならなかった 戦後一貫して親米の外交姿勢 二大政党が定着していた ベヴァリッジ報告書に基づき福祉国家を築[…]
コルマールとアルザス地方の略史 14世紀まで コルマールの歴史は古く、ローマ時代には「Columbarium(コロンバリウム?)」と呼ばれていたそうです。その名が初めて文献に登場するのは823年で、フランク王国のルートヴィヒ1世による寄付に[…]
オランダ共和国(連邦共和国)の構造 国の構成 七つの州の連合体 + 準州 + 連邦議会直轄領 七つの州:ヘルダーラント、ホラント、ゼーラント、ユトレヒト、オーファーアイセル、フリースラント、フローニンゲン(各州が主権を持つ) 準州:ドレンテ[…]
16世紀後半に始まったスペインとの戦争は17世紀に入って12年間の休戦に持ち込まれました。ウィレム1世(沈黙公)に従い反スペイン運動を指導したホラント州法律顧問(大法官)オルデンバルネフェルトは、ウィレム亡き後は息子マウリッツ公を助け連邦共[…]
スペインでは王家の次女フアナが女王として即位し、その夫であるハプスブルク家のフィリップが王となりました。 ここにスペイン王国とハプスブルク家が合体することになり、低地地方はハプスブルク所領のままスペイン王国の一部となります。 ゲント(Ghe[…]
9世紀のヘルルフ2世に始まるホラント家(1083年ディルク5世より伯家)は、ケネメルラントから勢力圏を広げオランダ中央部のデルタ地帯とゼーラント地方も支配下に収めますが、13世紀末にフロリス5世の暗殺と息子の早世によって断絶しました。 ホラ[…]
東フランク王国では、地元の有力貴族(公爵 = 上級官吏)や王家と姻戚関係にある者が各地方ごとに統治を委任されていましたが、彼らは王権に従いながらも自立も狙っていました。 10世紀初頭に東フランク王国のカロリング家が断絶すると、地方の支配者は[…]
ローマ撤退後の現オランダとその周辺に相当する地域には、大きく分けて3つの民族が割拠することになりました。北海沿岸にフリース人、東にサクソン(ザクセン)人、中央から南へかけてはフランク人です。 なかでもフランク人は、5世紀後半にメロヴィング家[…]