昨年ですが、オランダ南端の町ファルケンブルフに行ってきました。立ち寄ったのは洞窟クリスマスマーケットファルケンブルフ城サンタ村です。

行ってみて知ったことや、気になって後日調べたことを書き留めました。それぞれの項の末尾に旅行情報も載せています。

「行ってきたよ、うへーい!(写真18枚)」な臨場感あふれるユルいレポートは別途こちらにあります。

「ファルケンブル」と入力してサーチエンジンで検索すると、ライデンに近い「ファルケンブルグセ(湖)」がヒットする場合があります。クリスマスマーケットが有名なオランダ南端の町は「ファルケンブル」と入力すると出てきやすいようです。ちなみにフルスペルは「Valkenburg aan de Geul」。

洞窟クリスマスマーケット

冬のファルケンブルクは洞窟の中に店が並ぶ「洞窟クリスマスマーケット」が有名です。「市民洞窟」と「ベルベット洞窟」の2つの洞窟でクリスマスマーケットが開催されます。イベントの開催がない期間は、ガイドツアーで洞窟を見学できます。

市民洞窟[Gemeentegrot]

ファルケンブルフの洞窟クリスマスマーケット(市民洞窟)

ひとつめは市民洞窟[Gemeentegrot]です。

石灰岩(ライムストーン)の洞窟に灯りがともされ、迷路のように連なる通路に売店が並びます。ヨーロッパでもっとも大きな「洞窟クリスマスマーケット」だそうです。1986年から毎年開催されていて、30年以上も続いている冬の大イベントです。

わたしは2018年12月のクリスマスマーケットに行ってきました。夕方だったので空いていましたが、翌朝にはチケット売り場に長い列ができていました。近郊から日帰りで来る人が多いのかもしれません。

チケットはあらかじめオンラインで購入することもできます。

市立洞窟のなか
2018年はパンダ?
クリスマスマーケット以外の季節(通年)

クリスマスマーケット以外の季節には、洞窟ツアーが開催されています。洞窟の成り立ち、歴史、壁画や彫刻、空襲用のシェルターなどを見学するツアーに参加できます。

なんと宿泊もできるようです。といってもラグジュアリーなものではありません。75年前(つまり戦時中)に、ここに潜んだ市民がすごした夜を追体験するという趣旨です。興味深いですね。

採掘されつづけて2千年

Gemeentegrot
この場所では2000年前から石灰岩が採掘されていました。ローマ支配の時代からすでに採石場として使われていたのです。石灰岩の採掘は19世紀後半まで続きましたが、計画的な採掘だけでなく、盗みによる危険な採掘もあったようです。

1500年頃からは泥灰岩の採掘もはじまり、20世紀半ばまで続けられました。

石灰岩とは「炭酸カルシウムを50%以上含む堆積岩(石灰岩 limestone)」だそうで、泥灰岩とは「粘土成分と炭酸塩成分が混在する堆積岩(ぶどう畑の土壌 4 堆積岩)」だそうです。

この地は太古のむかし海の中にあったので、岩の中に貝殻を確認することができるそうです。

参考資料一覧

キノコ栽培・マスの養殖、戦争用のシェルターまで

Gemeentegrot
20世紀に入ると洞窟はキノコ栽培所としても利用され、戦時中には武器を製造する工場になりました。また避難場所としても利用され、防空シェルターも設置されました。

戦後はマスの養殖場、続いてチーズの熟成部屋、そしてミールワーム(チャイロコメノゴミムシダマシ)の飼育に利用されてきました。冷戦時代には、もうひとつシェルターが設置されました。1万5千人を収容できるという原爆用のシェルターです(!)

市民洞窟には上記2つのシェルターにくわえて、フランス革命時代のシェルターも設置されているそうです。これらのシェルターはすべて「Hiding-place through the centuries」という名の特殊なツアーで見学できるようです。

なお、この洞窟が市民洞窟[Gemeentegrot]と呼ばれるようになったのは、洞窟の所有権が市に移った1892年からだそうです。入口とシェルターは国定史跡になっています。

参考資料一覧

ベルベット洞窟[Fluweelengrot]

ベルベット洞窟のクリスマスマーケット

こちらのクリスマスマーケットは市民洞窟よりも売店の数は少なく規模はちいさめのもよう。

私は未踏なので詳しくお伝えできませんが「城に通じる、かつての秘密の通路」と聞いて、クリスマスマーケットそっちのけで入場したい気持ちが高まっています。

通年のオープン日時は月によってまちまちなので公式サイトで事前の確認をお勧めします。

旅レポベルベットの洞窟 | オランダから子供とおでかけ
2014年の3月にお子さんと一緒におでかけされた方の旅のレポートです。
Valkenburg Fluweelengrot Kerststad
Fluweelengrot, Valkenburg, Nederland
Fluweelengrot:Een van de vele gangen
【こぼれ話】すっかり裏をかかれてしまった敵軍

look through the Velvet Cave
この洞窟はファルケンブルク城につながっています。城が包囲攻撃を受けたときには、騎士や歩兵がこの洞窟を通って外に出て、敵陣の背後から攻撃をしかけたといいます。この秘密の通路はもちろん籠城中の物資の補給にも使われました。

こんな逸話が伝えられています:

中世、ファルケンブルク城をブラバント領の軍が包囲したときのこと。長期の包囲にもかかわらず城壁の中では祝宴が催されていました。不思議に思ったブラバント軍は、秘密の抜け穴から物資が補給されていることに気づきます。

しかもなんと、その物資こそ、ブラバント軍が留守にしているあいだに本拠地ブラバントから略奪されていたものだったのです。

これは公式ウェブサイトで紹介されていた逸話です。

参考資料一覧

洞窟のなかのチャペル(礼拝堂)

Valkenburg_Limburg_NL_wikimedia_013
オランダは19世紀のはじめにフランスに併合されました。この時代、町の教会はつかえなくなりました。市民はこの洞窟の中にチャペル(礼拝堂)をつくり、毎週日曜日に集い、洗礼もここで行われました。ただし洗礼に用いる「水」は、家族が用意しなくてはならなかったそうです。

洞窟は第二次世界大戦中には、市民の隠れ場所としても使われました。同盟軍によって町がナチスドイツから解放されたあとは、野戦病院として、またアメリカ兵の休憩所としても使われました。

参考資料一覧

リンブルフ州南部でいちばん古い洞窟

Fluweelengrot, Valkenburg, Nederland
ベルベット洞窟はリンブルフ州南部でもっとも古い洞窟とのことです。11世紀~12世紀頃にできたと考えられています。

ここは採石場でした。ファルケンブルク城のような大きな建物の建材にもちいるために掘られた結果、ゴツゴツとした地下迷宮の洞窟が出来上がりました。城が完成したあとも、教会や家の建築のために掘りつづけられました。

Wikipedia によれば、洞窟の全長は5キロメートルにもおよび、通路の高さは低いところで1.85メートル、高いところでは5メートル以上とのことです。

参考資料一覧

旅行情報(洞窟)

洞窟に入れる日や時間は季節によって変わります。以下に、クリスマスマーケットのシーズンとその他のシーズンの基本情報を掲載します。最新情報や詳細は各公式サイトで確認してください。

クリスマスマーケットの季節
市民洞窟[Gemeentegrot]
ウェブwww.kerstmarktgemeentegrot.nl
所在Gemeentegrot
2019年のクリスマスマーケット
期間11月15日~12月29日
OPEN日-木10:00-19:00 / 金土10:00-20:00 / 12月24日&26日 10:00-18:00
CLOSE12月25日
入場料大人€7.50/5~11歳€5.00
※チケットオフィスは終了時間の45分前に閉まります。
ベルベット洞窟[Fluweelengrot]
ウェブhttps://www.kerstmarkt-fluweelengrot.nl/
所在Fluweelengrot
2019年のクリスマスマーケット
期間11月15日~12月29日
OPEN日-木10:00-19:00 / 12月24日&26日 10:00-16:00
CLOSE12月25日
入場料大人€7.50/5~11歳€5.00
※チケットオフィスは終了時間の45分前に閉まります。
その他の時期(通年)

市民洞窟[Gemeentegrot]

  • ウェブwww.cave-experience.nl/en/
  • 所在Gemeentegrot
  • OPENOPENING HOURS AND ENTRANCE FEES ※季節により変動
  • 入場料(ツアー別)
  • 通常ツアー[Individual entrance]€9.25
  • リバティツアー[Liberty Tour]€12.50
  • 隠れ家ツアー[Hiding-place through the centuries]€11.50
  • 体験宿泊[Old Hickory shelternight]€39.95

ベルベット洞窟[Fluweelengrot]

ファルケンブルフ城[Kasteel Valkenburg]

国土のほとんどすべてが平地のオランダで唯一(!)丘の上に建っていたのがファルケンブルフ城です。城にはいくつか地下道への入口があり、ベルベット洞窟につながっていました。

オランダ人みずからが泣く泣く破壊した城

ファルケンブルフ城跡

ファルケンブルフ城は長い歴史のなかで何度も包囲されました。破壊されては再建を繰り返しましたが、その最後となったのは17世紀です。1674年にオランダ人みずからの手で破壊することになりました。

それはフランス(ルイ14世の)軍がオランダを侵略*1したときのことでした。フランス軍は、効率よくオランダに侵攻するために、まずトンゲレンファルケンブルフの城(要塞)を押さえました(1672年6月)

オランダは2年後にファルケンブルフ城の奪還に成功しますが、ふたたびフランスの手に堕ちることを防止するため、時の総督*2(ウィレム3世*3)が城の破壊を命じたのです。

その後、荒廃したファルケンブルフ城は何度か転売され、現在はベルベット洞窟とあわせて tichting Kasteel van Valkenburg が所有し保存に努めています。

*1 フランス軍のオランダ侵攻…スペインから独立して間もないオランダをフランスが侵略した戦争。先立つ南ネーデルランド(現ベルギー)継承戦争でオランダがフランスをけん制したことに対する報復。オランダ侵略戦争 | 世界史の窓

*2 総督…オランダ共和国の軍事で一番えらい人。スペインとの戦争が終わったオランダでは総督職を設けない方針を採っていたが、英仏(+独司教)からの同時攻撃にさらされて市民が悲鳴をあげた「災厄の年」に総督職の復活が決まった。

*3 ウィレム3世…総督職を世襲していたオランイェ公爵家の嫡男。妻は、英ステュアート家のメアリ(王政復古期の英国王チャールズ2世およびジェームス2世の妹)。フランスの侵攻を食い止めたのち、イギリス名誉革命で担ぎ出され、妻メアリの女王即位に伴って英国王位に就いた人物。

Valkenburg Castle
解説
ファルケンブルフ城と領主の歴史 なぜ狙われたのか 

初期の城
この場所にはじめて城が建てられたのは12世紀(1115)のことです。木造の塔がファルケンブルフの領主によって築かれました。

神聖ローマ皇帝との関係

しかし領主は神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世と折り合いがわるく、争ったために城は包囲されて破壊されました。皇帝の依頼を受けて攻撃を実行したのはブラバント侯の祖先にあたる人物でした。

城は再建されましたが、次代の領主も時の神聖ローマ皇帝コンラート3世と争いになり、城と城下町が破壊されてしまいました。

しかし皇帝位がフリードリヒ1世(バルバロッサ)に引き継がれてからは、皇帝と良好な関係を築きます。ファルケンブルクの領主は息子を伴って、皇帝のイタリア遠征にも参画しました。

(この戦いで長男Gosewijn IIIは功績をのこしたようです。その栄誉としてイタリアのロンバルディア地方に付属する地域の管理を任されるなどしました。また Gosewijn III の弟フィリップはケルンの大司教の職に就いています。)

しかし Gosewijn III の息子の代で同家の男系が途絶え(1212)城を含む領地は女系を通じて他家へ相続されることになりました。

ブラバント侯による破壊
立ち入り禁止

14世紀にはいると城に十角形の塔が建てられました。しかし今度は隣邦のブラバント侯(Jan III van Brabant)に攻められて徹底的に破壊されてしまいました。

これは、時のファルケンブルフ領主(Reinoud)がとても高い通行料を課したことが始まりでした。高額な通行料によってマーストリヒトの交易に損害がでたので、マーストリヒトの人々はその窮状をブラバント侯に訴えて助けを求めたのです。

途中に和約を挟みながら争いは10年におよび、1329年にファルケンブルクの領主が降伏して決着しました。

戦いのなかにはブラバント軍の支援を得たマーストリヒトの人々が大勝利をおさめたものもありました(1327年7月4日)。この勝利を記念する行事がつづく数世紀のあいだマーストリヒトの聖セルファース教会で行われていたそうです。

ファルケンブルフ邦の消滅
模型

そんなわけで現在の城跡のおもな部分は、14世紀以降に再建されたものです。城壁は2つの塔を備え、城は2つのウィングをもっていました。敷地内では、城が拡張される過程と在りし日の模型を見ることができます。

1352年、ファルケンブルフを継承していた家系が途絶えます。最後の領主の死後、めんどうが起こった数十年を経て、1378年、ファルケンブルフはブラバント侯領に併合されることになりました(!)

八十年戦争とフランスの侵攻
Dutch position, summer of 1672: French-held areas in black

ファルケンブルフ城はふたたび、16-17世紀の八十年戦争(1568-1648)*4ではげしく損傷しました。当時の新兵器「大砲・迫撃砲」の攻撃に耐えられなかったのです。城壁は破壊され、塔は倒れ、屋根は焼け落ちて灰になりました。

オランダ兵は城の再建を試みましたが成功しませんでした。まもなくフランスとの戦争(1672-1678)がはじまり、フランス軍に占領されてしまったからです。奪還したあとは、上述のように、再びフランス軍の手に渡ることを懸念してみずから破壊することになりました。

*4 八十年戦争…スペインの支配下にあったオランダ地方がスペインに反乱を起こして、結果的にオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の独立に至った戦争。1568 – 1648年:八十年戦争を経てネーデルラント連邦共和国が独立

参考資料一覧

旅行情報(ファルケンブルフ城)

サンタ村[Santa’s Village]

ファルケンブルフ市の中心の広場がサンタ村になります。シャレー風(アルプスの木造家屋)の建物がならび、スカーフやジャケット、手作り品の販売や企業の出店があります。

駅⇔洞窟クリスマスマーケットの間に立ち寄りたいサンタ村

サンタ村@ファルケンブルフ

小腹がすいたら、あたたかいワッフルや、ドーナツ、チェロス、クレープを買うことができます。ホットチョコレートやモールドワインもありました。

モールドワインは、赤ワインに砂糖やたくさんのスパイスを入れてあたためたワインです。

旅行情報(サンタ村)

  • 2019年のクリスマスマーケット
  • 期間11月15日~12月31日
  • 所在Theo Dorrenplein, 6301 BX Valkenburg
  • ウェブwww.santasvillage.nl
  • 入場料無料
  • OPEN月火木:12-21 / 土曜:10-21 / 日:10-19
  • ※24日と31日は17時まで
  • 23日以降は19時まで
  • ※25日はたぶん閉まってる?

感想:何も知らずに訪れた場所

洞窟の中でクリスマスマーケットを開催してる町がオランダにある…という情報は、日本から来た身内に教えてもらってはじめて知りました。そんな一風変わったクリスマスマーケットを目的にでかけた町には、城跡もあり、城塞好きの私はとても楽しい時間を過ごしました。

ファルケンブルフはテーマパークさながらのツーリストスポットでイルミネーションも華やかでした。一気にクリスマス気分が高まります。

旅行は、現地で気になったこと、知りたくなったことを帰宅してから調べるのがまた楽しく、知識を得ると「もう一度行きたい!」と思います。

たいてい妄想旅行になりますが、オランダ国内ならまだ実際に行けるチャンスがありそうです。

次はクリスマスマーケット以外の季節に訪れるのも楽しそう。市民洞窟のツアーで見れるというシェルターも気になりますし、ファルケンブルフ城に通じるベルベット洞窟の秘密通路にも入ってみたいです。

ガイドツアーはオランダ語だそうですが、公式ウェブサイトによれば英語のオーディオガイドを借りれるそうです。

そして、クリスマスマーケットというテーマにも興味がわきました。フランスやイタリア、スペインにも行ってみたいです。これは妄想旅行になるかもしれませんが!

生クリーム最高。市民洞窟のクリスマスマーケットにて。

甘くないふわふわ生クリームはペロリとお腹におさまります。いま思えば、デンボッシュのボッシュ・ボルと似ていました。食事前だったからか、シェアして食べました。でも次は丸一個食べたいですね、おいしかったです。

関連情報と参考資料

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オランダの歴史

10世紀~13世紀のオランダ  - 神聖ローマ帝国下での領邦国家の発展 -  オランダ史の年表
30万年前~紀元後5世紀のオランダ  - 先史時代からローマ支配期 -  オランダ史の年表
16世紀のオランダ  - スペイン支配下から八十年戦争の前半 -  オランダ史の年表
14世紀・15世紀のオランダ  - 領邦の支配者の変遷 -  オランダの歴史年表

オランダおでかけ日記

(続)ハールレムのクリスマスマーケット 【エンターテイメント 編 / 写真17枚 】 19世紀っぽいオランダを楽しむ

ハールレムのクリスマスマーケットのおでかけレポート【後編】です。(写真17枚)。19世紀の衣装をまとった人が旧市街を行き交い、教会や市庁舎では合唱や演奏が行われます。

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もっとファルケンブルフ

参考資料

市民洞窟 および ベルベット洞窟
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ファルケンブルフ城
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