戦後~1950年代イギリスの概観

Aneurin Bevan, Minister of Health, on the first day of the National Health Service, 5 July 1948 at Park Hospital, Davyhulme, near Manchester
  • 戦勝国
  • 物資の欠乏と価格の高騰(インフレ)⇒デフレ政策不評
  • 他の西欧諸国と比べれば安定
    • 直接的な戦場にならなかった
    • 戦後一貫して親米の外交姿勢
    • 二大政党が定着していた
  • ベヴァリッジ報告書に基づき福祉国家を築く
  • 植民地[英連邦/コモンウェルス]と移民問題
  • C・アトリー率いる労働党からW・チャーチル率いる保守党へ政権交代
  • 外交面で出遅れ(旧態依然、過去の栄光にとらわれる)
  • アメリカへの軍事的・経済的な従属の継続[NATO軍][マーシャル・プラン]
映像

タイトル:Britain in The 50s
公開者:Ryan Doyle

労働党政権(1945.7 – 1951.10)

Attlee with Harry S. Truman and Joseph Stalin at the Potsdam Conference, 1945

挙国一致内閣の解体に伴う総選挙でC・アトリー率いる労働党政権が勝利。労働党400近い議席、保守党200議席あまり。

勝利要因
国民は戦争に疲れ安寧を求めていた。
復興と社会改良を訴えた。
チャーチルの敵対的キャンペーンが失敗(「社会主義者はヒトラーと同じ」発言)。

期間中の出来事

  • 1945 終戦、総選挙で労働党が圧勝
  • 1947 インドとパキスタン、分裂して独立
  • 1947 厳冬。石炭の不足、エネルギー危機、失業率上昇
  • 1948 マーシャル・プラン導入
  • 1948 コモンウェルス市民(植民地)の入国権を再確認[国籍法]
  • 1948 セイロン(現スリランカ)、ビルマ(現ミャンマー)の独立
  • 1948 南アフリカでアパルトヘイト始まる
  • 1944 中等教育無償化、義務教育の実施
  • 1949 アイルランド共和国がコモンウェルスから離脱(カトリック民主主義)
  • 1949.9 最初のポンド切り下げ
  • 移民労働者の到来…アイルランド人(独立後も英連邦離脱後も入国規制なし)、西インドおよび南アジア人(国籍法に基づく)、ほか白人自治国 / 領(カナダ、オーストラリア、南アの白人自治領)やヨーロッパ諸国から。また、富裕なユダヤ人。
  • 非白人移民の問題…経済停滞、文化摩擦、高い出生率、人種差別被害、排外主義被害 ⇒ 世論と政策が差別と入国規制へ向かう
  • 1950 総選挙 ⇒ 僅差:保守党299議席、労働党315議席
  • 1950 朝鮮戦争勃発。軍備増強を強める論争。労働党内で軍事費拡大とHNS費削減を巡り対立。
  • 1951 総選挙 ⇒ 逆転:保守党311議席、労働党295議席

政策・構想・マニュフェスト

C・アトリー(1945.7 – 1951.10)
・社会保険および関連サービスの充実(ベヴァリッジ報告書プランに基づく)
・基幹産業の国有化

結果

  • 「社会保険および関連サービスの充実」の実現(戦時中の国家統制体制によって福祉国家への移行がスムーズ)。「ゆり籃から墓場まで」といわれる社会保障制度の基礎が築かれる。
  • 労働災害法、国民保健法(国民保険基金は、国家・企業・国民の三者拠出)、国民扶助法(被災者、ホームレス、保健拠出金を払えない人々の救済)、国民年金法の成立。
  • 国民保健サーヴィス法(NHS)開始…”公費負担医療によるユニバーサルヘルスケアに位置づけられ、利用者の健康リスクや経済的な支払い能力にかかわらず、臨床的必要性に応じて利用可能であり、自己負担は殆ど少ないか無料である。”Wikipedia
  • 銀行、航空、電信電話、石炭、鉄道、運河、運輸、電力、道路、ガス、鉄鋼など国有化。野党の反対もほぼなし、疲弊した経済と国民生活再建のために合理的(雇用確保と富の再分配)と考えられた。
  • 福祉国家は維持にはお金がかかり、朝鮮戦争の軍事費かNHS費かで意見が分かれる

用語

C・アトリー
1935年から労働党党首。
1883年生まれ、父が弁護士、パブリックスクール、オックスフォード大学、弁護士、労働者街の青少年育成に尽力(貧困救済運動セツルメント活動)、労働者街の町長、労働党議員、副党首、党首(1935)、チャーチル戦時内閣で副首相。
生真面目、実務家タイプ、はずかしがり屋、社会主義に感化、慈善運動だけでは貧困は解決しないと考える。
ベヴァリッジ報告書
イギリスで1941年に創設された「社会保険および関連サービス各省連絡委員会(委員長W.H.ベヴァリッジ)」が提出した「社会保障制度」に関する報告書(1942)。正式名称『社会保険および関連サービス』Social Insurance and Allied Services。60万部を越えるベストセラーになり世論を喚起。
・ねらい…社会保険計画による貧困の解消、完全雇用の実現。国が支える国民生活⇒労働者に活気⇒イギリス経済の発展。
・内容「社会保険」と「国家扶助」。社会保険は、均一負担と均一給付の平等主義、最低限の国民生活の保障、全国民を保障の対象とする。最低限度までの所得を世帯内の個人に保障。
・その他の意義…戦中の労働者の士気を高め維持する未来構想。対ファシズム戦争の意義付け。支配者の栄光ではなく一般人の幸福のため。なお、"チャーチルはそうした公約を守れない贅沢と考え(中略)1943年1月に戦時内閣に宛てられた秘密メモのなかで、彼は「偽りの希望をもたせることで人々を欺きたくなかった」と述べていた。"ーイギリス現代史(岩波書店)2.一九四五年の精神
マーシャル・プラン
アメリカによる欧州復興援助計画。
・贈与(grant)…アメリカ余剰農産物や救援物資の購入に充てられる
・借款(credit)…機械その他の生産手段の購入充てられる
・ヨーロッパ統合計画…貿易自由化の促進、東西貿易の制限、被援助国財政へのアメリカ(のちIMF)の干渉に道を開く ⇒(今日からみれば)資本主義ヨーロッパの復興と統合、西欧通貨の交換性回復(1958)、ヨーロッパ共同体(EC)、ヨーロッパ連合(EU)の成立にも影響。
アパルトヘイト
アフリカーンス語で「隔離」の意味。南アフリカ共和国で人口の16%にあたる白人が、非白人を差別した政策。非白人の参政権剥奪(インド人除く)、白人地域、白人保護、人種別教育法、非白人の反対運動の取り締まり。1990年代はじめまで続く。
イレヴン・プラス
選抜試験(11歳)。「機会の平等」と「実力主義」の原理を併せ持つ。
・グラマー・スクール…大学へ向けた進学校
・実業学校…技術・実業系
・モダン・スクール…現代中等学校
コモンウェルス
旧イギリス領植民地からなる「イギリス連邦」「英連邦」。かつては「植民地帝国」を意味。カナダ、オーストラリアなどの独立とともに、緩やかな連合体として成立。

保守党政権(1951.10 – 1964.10)

Negotiations in London and Paris in 1954 ended the allied occupation of West Germany and allowed for its rearmament as a NATO member.
勝利要因
1950年勃発の朝鮮戦争に伴う軍備拡張の声の高まり⇒軍事費かNHS費か。
反社会主義を貫き過半数獲得。

期間中の出来事

  • 大量生産・大量消費[フォード主義]文化の開花( – 1970年代)、テレビの普及
  • 1952 エリザベス2世即位
  • 1952 原爆実験
  • 1952 ジェット飛行機コメット号の運航開始
  • 1953 エジプトでクーデター。反英G・ナセルが「エジプト共和国」建国
  • 1955 A・イーデン首相( – 1957)
  • 経済悪化、インフレ加速、国際収支悪化、労働組合のストライキ
  • 1950年代後半:社会的・文化的生活の中心が「労働」から「消費」へ移行、職場より家庭を社交の場とする、家庭生活の変化
  • 1956 エジプト共和国がスエズ運河の国有化を宣言[スエズ危機]
  • 英仏が「国際運河の安定」を名目に対エジプト戦、エジプトを叩きたいイスラエルが参戦して第二次中東戦争へ
  • 「シナイ半島をイスラエルが占領、スエズ運河は英仏で所有」案に国際非難
  • 国連安保理がPKO部隊を派遣、英仏が撤退し、独立したエジプトがスエズ運河を国有化
  • 各地で植民地独立運動が進む
  • 1956 <新左翼>の言論開始
  • 1956 原発操業開始
  • 1957 スエズの一件で国際非難を受けてA・イーデン辞職、マクミラン首相就任( – 1963)
  • 1958 ロンドンのノッティングヒルで人種暴動(住宅不足)
  • 1960 アフリカ16ヵ国が独立
  • 1960 ビートルズが人気を博す( – 1970)

政策・構想・マニュフェスト

W・チャーチル期(1951.10-1955.4)
・福祉国家の減縮(予算削減)
・大陸ヨーロッパに対しイギリスの主導権の維持の模索
A・イーデン期(1955.4 – 1957.1)
・物価高騰に対しデフレ政策
・スエズ運河の確保
H・マクミラン期(1957.1 – 1963.10)
・英米関係の強化
・東西対立の緩和
・ポンド危機の解消
・EEC加盟申請

結果

  • 「帝国」の衰退(インドなどの独立)
  • 経済統制を徐々に解除するも、労働党政権の政策的枠組みは維持、福祉国家の減縮(福祉予算の削減)ならず ⇒ バツケリズム
    • 原因…経済が回復して余裕が生じていたこと、朝鮮戦争の軍事特需で景気回復したこと、政権維持のため世論や労働党に配慮したこと。
  • 鉄鋼公社のみ民営化
  • むしろ公営住宅建設、むしろ国民医療サーヴィス(NHS)支出増額
  • 対大陸ヨーロッパで主導権握れず
    • アメリカ主導で大西洋条約機構(NATO)、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)
  • スエズ運河の一件で国際非難高まり保守党は1971年までの撤退を約束
  • イギリスの威信も低下し植民地の独立運動が進む
  • デフレ政策は不評
  • ストップ・アンド・ゴ―政策実施(1950年代 – 1970年代)⇒ 保守党政権内に亀裂
  • EEC加盟申請が拒否される

用語

W・チャーチル(1874 – 1965)
貴族傍系、家系は苦しい、従軍記者、保守党と自由党を行き来、ボールドウィン首相時に蔵相(保守党)ほか、首相(1940 – 1945 / 1951 – 1957)、80歳で退陣、ノーベル文学賞受賞。
反社会主義、A・ヒトラー融和策反対、アメリカとの連帯を重視。
A・イーデン(1897 – 1977)
オックスフォード大学卒、保守党下院議員、チェンバレン外相秘書、外務次官、国璽尚書、外相、チャーチル戦時内閣陸相、首相。スエズ動乱の舵取りで国内外から批判受け辞任。
H・マクミラン(1894 – 1986)
出版社の御曹司、カナダ総督デヴォンシャ公の姫と結婚。第一次世界大戦従軍、オックスフォード大学で古典学を履修、保守党下院議員、チャーチル戦時内閣で供給省政務次官、植民地省政務次官、空軍大臣、地方行政大臣、国防大臣、外務大臣、大蔵大臣、首相。
スエズ運河
1869年に地中海航路を確立するためにフランスとエジプトで共同開発。のちに財政難のエジプトが株式をイギリスへ売却(1875)。イギリスにとって、アフリカ喜望峰回りより近道になる重要な航路。
ストップ・アンド・ゴー政策
マクロ経済管理の方法。インフレが進む ⇒ 公共支出の抑制、金利引き上げ[経済引き締め] ⇒ 景気後退、失業率の上昇 ⇒ 公共支出の拡大、金利引き下げ[経済刺激策]のサイクル。

補足:戦後~1950年代のヨーロッパ

Berlin in ruins after the Second World War (Potsdamer Platz, 1945)

フランス

  • 戦勝国、ただし戦時中ナチス占領下
  • 政治状況の分断:ナチス構想、共産主義(ソ連とは一線を画す)、自由主義、保守主義
  • 第四共和政(12年間に25の内閣交代)⇒ 第五共和政
  • 物資の不足、インフレ ⇒ マーシャル・プランで好転、朝鮮戦争特需
  • 労働者不足で北アフリカから15万人以上の移民
  • インドシナ植民地放棄、アルジェリア問題
  • C・ド・ゴール大統領再就任(1958 – )

ドイツ

  • 敗戦国
機能しない連合国管理理事会

ベルリンに設置した連合国管理理事会が、意見の食い違いで機能せず。

  • 米英仏:第一次大戦の戦後処理の失敗(=ナチス台頭)に学び、ドイツ経済の復興を最優先
    • ハイパーインフレの収拾ねらい、通貨<西マルク>導入
    • ベルリン封鎖中、西側地区へ物資を空輸
  • ソ:自国被害大きく賠償取立て最優先
    • 通貨<東マルク>導入
    • 西マルク流入を阻止するため陸上交通を遮断[ベルリン封鎖](1年)
ベルリン封鎖の解除後、ベルリン東西分裂
西ドイツ

首都はボン、ドイツ共和国連邦、仮憲法<基本法>(Grundgesetz)発効

  • ドイツの分権化が進む
    • 米英仏連合の”分割”統治は、やや異なる各国の意図を反映して「州」が行政の中心となり分権化
    • ナチス台頭の反省による分権化
  • 政党:キリスト教民主同盟(CDU)、ドイツ社会民主党(SPD)、バイエルンカトリック教社会同盟(CSU)、自由民主党(FDP)。
  • 首相:C・アデナウアー(1949 – 1963)…ドイツの再統一より西ドイツの国際社会復帰を優先[ハルシュタイン・ドクトリン](再統一有線派からは批判)、NATO加入、エリゼ条約、ソ連のドイツ人捕虜釈放のためソ連と国交樹立、社会保障の充実。
東ドイツ

首都はベルリン、ドイツ社会主義統一党(SED)主導、新憲法発効

  • 工業資産は現物賠償でソ連へ、ガス・水道・線路まで解体して搬出(~1949)。
  • 産業もソ連に接収されソ連向けの生産(~1952)。
  • 大土地所有貴族(ナチス支持の保守層・ナショナリスト)が一掃され、農場は没収⇒集団農場化。
  • SEDの一党独裁、秘密警察、企業は行政監視[人民所有]化、農業の集団化、過酷なノルマ。
  • 労働者デモの鎮圧。
  • ワルシャワ条約機構加盟。
  • 国家人民軍発足。
  • 1961年までの西への脱出者は250万人。

ソ連

  • 戦勝国、ただし被害は甚大
  • 書記長:N・フルシチョフ…スターリン体制との決別、個人崇拝によって歪んだ社会主義の改善、国民生活の改善を重視、本来の社会主義への回帰に取り組む、融和的外交政策、ワルシャワ条約機構(東側の軍事同盟)発足、オーストリアの独立回復を承認、西ドイツと国交回復
  • ハンガリーでの反社会主義革命(暴動)に介入し鎮圧、ナジを極刑に処す

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IMDb

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あらすじ:スパイ活劇、映画007シリーズの大一作目。ジェームス・ボンド。

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参考資料

書籍: ヨーロッパ現代史 (ちくま新書)[松尾 秀哉]、 イギリス現代史【電子書籍】[ 長谷川貴彦 ]、 イギリス史10講 (岩波新書) [ 近藤和彦 ] コトバンク: ベバリッジ報告 ワイマール共和国マーシャル・プラン  Wikipedia: イギリスの首相の一覧Attempts at reform (1945-1974西ドイツ Konrad Adenauer  ほか: British Political Hierarchyアパルトヘイト|国際連合広報センター

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