オランダ共和国(連邦共和国)の構造 国の構成 七つの州の連合体 + 準州 + 連邦議会直轄領 七つの州:ヘルダーラント、ホラント、ゼーラント、ユトレヒト、オーファーアイセル、フリースラント、フローニンゲン(各州が主権を持つ) 準州:ドレンテ[…]
16世紀後半に始まったスペインとの戦争は17世紀に入って12年間の休戦に持ち込まれました。ウィレム1世(沈黙公)に従い反スペイン運動を指導したホラント州法律顧問(大法官)オルデンバルネフェルトは、ウィレム亡き後は息子マウリッツ公を助け連邦共[…]
スペインでは王家の次女フアナが女王として即位し、その夫であるハプスブルク家のフィリップが王となりました。 ここにスペイン王国とハプスブルク家が合体することになり、低地地方はハプスブルク所領のままスペイン王国の一部となります。 ゲント(Ghe[…]
9世紀のヘルルフ2世に始まるホラント家(1083年ディルク5世より伯家)は、ケネメルラントから勢力圏を広げオランダ中央部のデルタ地帯とゼーラント地方も支配下に収めますが、13世紀末にフロリス5世の暗殺と息子の早世によって断絶しました。 ホラ[…]
東フランク王国では、地元の有力貴族(公爵 = 上級官吏)や王家と姻戚関係にある者が各地方ごとに統治を委任されていましたが、彼らは王権に従いながらも自立も狙っていました。 10世紀初頭に東フランク王国のカロリング家が断絶すると、地方の支配者は[…]
ローマ撤退後の現オランダとその周辺に相当する地域には、大きく分けて3つの民族が割拠することになりました。北海沿岸にフリース人、東にサクソン(ザクセン)人、中央から南へかけてはフランク人です。 なかでもフランク人は、5世紀後半にメロヴィング家[…]
今日のオランダ・ベルギーのあたりに人が定着したのは紀元前10,000年頃です。地球の最終氷期が終わり温暖化する時期です。狩猟採集に始まり、約5000年後に農耕牧畜を行う人々が現れました。農耕牧畜民は、種をまき、鋤を使い、家畜を飼育しましたが[…]
オランダ王国が誕生する前を遡る せっかくオランダに住んでいるので歴史を知っておこうと思い本を開くと、現在のオランダ王国がオランダ王国として歩み始めたのは意外と近代になってからで、1839年のことでした。 オランダ王国の前身は「ネーデルラント[…]