400万年前~1万年前

約400万年前に「猿人」が登場。

  • 猿人(アウストラロピテクスなど)…直立・二足歩行、打製石器の使用
  • 原人(ホモ・エレクトス)…握斧、言葉、火の使用
  • 旧人(ネアンデルタール)…剥片(はくへん)石器、毛皮の衣類、埋葬の風習
  • 新人(ホモ・サピエンス)…精巧な石器、骨角器、洞窟絵画、装身具、現生人類

ホモ・サピエンスの進化と拡散については、アフリカ単一起源説と多地域進化説とが対立している(#人類進化のモデル)。アフリカ単一起源説では、アフリカで「最も近いアフリカの共通祖先(RAO)」であるホモ・サピエンスが進化し、世界中に拡散してホモ・エレクトゥスとホモ・ネアンデルターレンシスに置き換わったとしている。多地域進化説を支持している科学者は世界中に分散した単一のヒト属、おそらくホモ・エレクトゥスが各地でそれぞれホモ・サピエンスに進化したと考えている。人類の進化 | Wikipedia

Africa アフリカ

400万年前
猿人の痕跡
20万年前
アフリカ南部に旧人の痕跡

Europe 欧州

50万年前
現ドイツのハイデルベルクに原人の痕跡
4万~1万年前
現フランス南部に新人の痕跡(クロマニョン人)
現フランスに洞窟壁画(ラスコーの洞窟壁画)
現スペインに洞窟壁画(アルタミラの洞窟壁画)

Asia アジア

50万年前
北京に原人の痕跡
ジャワ島に原人の痕跡
9000年前~
日本に新人の痕跡(三ケ日人)

Oceania オセアニア・North America 北米・Meso/South America 中南米

ホモサピエンスの移動 By KVDPOwn work, Public Domain, Link
6万~1万年前
人類が、当時陸続きだったアフリカやユーラシアから各地へ

外部リンク

1万年前~紀元前2000年頃

スカラブレイ By Wknight94Own work, CC BY-SA 3.0, Link

約1万年前~8000年前に氷河期が終わる。 アフリカ大陸北部やユーラシア大陸では、狩猟採集の旧石器時代から、農耕牧畜の新石器時代へと移ってゆく。 人々は定住し、土地を開墾するための石斧や、貯蔵用の土器も作るようになる。 やがて収穫された穀物が財産となり、貧富の差や、部族長または貴族的な身分などの階級も生まれる。 紀元前3000年頃から一部地域で文明が発展し都市国家が生まれ、都市国家は互いに覇権を争う。 青銅の作り方が広まる。

Africa アフリカ

ギーザの三大ピラミッド By Ricardo LiberatoAll Gizah Pyramids, CC 表示-継承 2.0, Link
エジプト | 古代オリエント

エジプトのナイル川が定期的に氾濫して農耕に適した肥沃な土をもたらし、岸辺に人々が定住し始める。 やがて上エジプト(上流/南)と下エジプト(下流/北)に王朝が生まれ、紀元前3000年に統一される。 古代エジプトの人々は「死んでも肉体が残れば死後の世界で霊魂が宿って生き続ける」と考え、ミイラを作った。 ヒエログリフなどの文字を用いたほか、氾濫の時期を知るための太陽暦や、土地の測量技術も発展した。 ギザの大ピラミッドは現在高さ138.74m(もとの高さ146.59m)もあり、14世紀にイングランドのリンカン大聖堂の中央塔が建てられるまで、世界で最も高い建築物だったそう。

第6王朝の末期に各地の州侯の勢力が増し、王の統制力が失われていった。 第6王朝崩壊後は、各地で内乱が起き、短命で無力な王朝が続いた後に、南北対立の情勢となった。

紀元前3000年頃
メネス王が上下エジプトを統一(第1~2王朝)
紀元前2700~前2200年
ピラミッドが多数つくられる(第3~6王朝)
用途は墓と言われているが確定的ではない
首都はメンフィス
紀元前2200~前2000年
内乱、南北対立による混乱期

Middle east 中東

ウルのジッグラト By Hardnfast, CC BY 3.0, Link
メソポタミア | 古代オリエント

現イラクに位置する肥沃な三日月地帯メソポタミアに、集落が発達し、やがてシュメール人による都市国家が築かれた(ウル・ウルク・ラガシュなど)。 シュメール人は楔形文字を使い(粘土板に刻んだ)、60進法を発明し、月の満ち欠けに基づく太陰暦を使用した。 メソとは「~の間」、ポタミアは「川」を意味するギリシャ語。

紀元前3000年頃
ウル・ウルク・ラガシュなどシュメール人の都市国家が発達した
彩文土器や青銅器が作られ、太陰暦が使用された
紀元前2350年頃
アッカド語族のサルゴンがシュメールの都市国家群を滅ぼしアッカド帝国を築く

Asia アジア

モヘンジョダロ By Saqib QayyumOwn work, CC BY-SA 3.0, Link
インド

現インド・パキスタン・アフガニスタンのインダス川流域に人々が定住する。 都市は計画的に設計され、道路は碁盤の目状で、建物は規格統一された焼き煉瓦で建てられた。 下水道設備をもつ住宅などが整然と立ち並び、大浴場もあった。 粘土板等に刻まれた文字は、未だ解読されていない。 異民族による侵入、あるいは環境の変化によって滅びたと考えられている。 これらの都市が栄えた地域は、現在は砂漠になっている。

紀元前2500~前1800年頃
現パキスタン東部・南部、現インド北西部に、都市が築かれる
中国

現中国の黄河・長江流域でも、肥沃な土地で農耕が始まった。 ジャポニカ米の原産が長江中流域とほぼ確定され、日本の稲作の源流と見られている。 小さな集落は、やがて城壁で囲まれた大きな集落、そして都市国家へと成長。 こうした都市国家群を統合した最初の王朝は「夏」だと云われているが、実在したかは不明。

紀元前5000~前2000年頃
長江流域と黄河流域で、稲作、豚の家畜化が始まり、彩文土器や黒陶が作られる
都市国家群が夏によって統合される(?)
紀元前2000年頃
殷が夏(?)を滅ぼし王朝を建てる

リンク