年表ベースでまとめた世界史ノートです。

ヨーロッパ編 / その他編

1336年:ヴィジャヤナガル王国の建国

ハンピにあるヒンドゥー寺院のヴィルーパークシャ寺院。☆Ajar, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

南インド ヴィジャヤナガル王国は南インドのデカン高原を拠点に築かれたヒンドゥー教の王国の総称です。 1336年にサンガマ王朝が開かれ、北インドのデリー・スルタン王朝に対抗し得る勢力となりました。 4つの王朝が交代して君臨し、王国は1646年まで存続しました。

ハンピにあるヒンドゥー寺院のヴィルーパークシャ寺院はシヴァ神を奉っています。 7世紀から前期チャールキヤ朝のもと建築がすすめられており、14世紀後半にヴィジャヤナガル王国の支配下にはいっても建築が続けられました。

世界にふたつとない国、ヴィジャヤナガル

Extent of Vijayanagara Empire, 1446, 1520 CE ☆By MlpkrOwn work, CC BY-SA 3.0, Link
13世紀に北インドに成立したイスラム教の王朝(デリー・スルタン)は、14世紀初頭にはインド南部まで支配域を広げていました。 ここで立ち上がったのが、ヒンドゥー教徒のハリハラ(Harihara I)とブッカ(Bukka Raya I)という兄弟です。 1336年にサンガマ王朝を開き、デリー・スルタン王朝に対抗し得る勢力となりました。

1498年には、ポルトガルのヴァスコ=ダ=ガマがカリカットに到達しています。 ヴィジャヤナガル王国はポルトガルと積極的に交易を行い、馬を入手しました。 馬は、デリー・スルタン朝との戦いにおいて欠かせないものでした。

4つの王朝が君臨しましたが、王国の首都の名ヴィジャヤナガルをとって「ヴィジャヤナガル王国」と総称されます。 人口は約500,000といわれ、当時のヨーロッパのどの都市をもはるかに上回っていました。

ペルシア人の大使は「世界にふたつとない」と言って驚いたと云います。 「国の大部分は洗練され豊かで、300もの港が備わっている。 1000を超える象は丘のようにそびえデーモンのように巨大だ。 軍隊は11ラークの男たちで編成されている。」 *1

*1 Rebel Sultans: The Deccan from Khilji to Shivaji

南インド:ヴィジャヤナガルの4つの王朝(ヒンドゥ教)
  • サンガマ王朝(Sangama dynasty 1336 – 1485)
  • サルバ王朝(Saluva dynasty 1485 – 1505)
  • トゥルヴァ王朝(Tuluva dynasty 1491 – 1570)
  • アラビドゥ王朝(Aravidu dynasty 1542 – 1646)

Vijayanagara Empire

北インド:デリー・スルタンの5つの王朝(イスラム教)
  • マムルーク朝(Mamluk dynasty 1206 – 1290)
  • ハルジ王朝(Khalji dynasty 1290 – 1320)
  • タグラク王朝(Tughlaq dynasty 1320 – 1412/1413)
  • サイード王朝(Sayyid dynasty 1414 – 1451)
  • ロディ王朝(Lodi dynasty 1451 – 1526)

Delhi Sultanate

ヴィジャヤナガル王国がムスリム的な要素をすべて排斥していたかというとそうではなく、その軍隊にはムスリム兵も存在し、また王も(イスラーム国家の称号である)スルタンを称していたとも言われている。 ヒンドゥー教国かイスラーム教国かを厳密に色分けするのは、現代の宗教ナショナリズム(コミュナリズム)によってゆがめられた見方であると考えた方が良さそうだ。 宗教対立史観に囚われないようにしよう | 世界史の窓

旅にでる
地図Sree Virupaksha Temple, Hampi
ハンピにあるヒンドゥー寺院のヴィルーパークシャ寺院。この寺院は7世紀から前期チャールキヤ朝のもと建築がすすめられ、14世紀後半にヴィジャヤナガル王国の支配下にはいっても建築された。
リンク外部リンク集
参考資料・動画・旅行記・写真集などへのリンク集

ルネサンスの歴史(下)改版
著者/監督:インドロ・モンタネッリ/ロベルト・ジェルヴァーゾ

自治都市時代の三百年間、政治・経済・文化各方面にわたって咲き誇ったイタリア。だが、宗教改革と反宗教改革を分水嶺にしてヨーロッパ史の主役から転落する。下巻では、ボルジア家の栄華や、ダ・ヴィンチ、ラファエッロを始めとする芸術家の活躍など、ルネサンスの最盛期から翳りまでを詳述する。

出版社/発売元:中央公論新社
発売日:2016年11月18日頃

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歴史ヴィジャヤナガル王国
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