年表ベースでまとめた世界史ノートです。

ヨーロッパ編 / その他編

1494年:トルデシリャス条約

1494トルデシリャス条約 (紫)と1529サラゴサ条約(緑)の境界線
☆ By LencerOwn work, CC BY-SA 3.0, Link

大航海時代スペインポルトガル

新たに発見された土地を、ポルトガル王国とカスティーリャ(スペイン)王国で分割するという条約が、1494年に結ばれました。 この条約により、今後発見される土地について、上図の紫の線よりも東がポルトガル、西がカスティーリャ(スペイン)の領土になると定められました。

1492年にコロンブスが発見した西インド諸島(カリブ海諸島)の南北にはアメリカ大陸が横たわっていますが、それをはっきりとは知らない時期に結ばれた条約です。 またコロンブスの報告によれば、西インド諸島は「インドの東側」だったのです。

トルデシリャス条約は、前年にローマ教皇によってが宣言された境界線(図:紫の点線)に不満のあったポルトガルが、スペインと交渉して調整しなおしたものです。 そもそもからして、他のヨーロッパ諸国の権利は考慮されていません。

実際のところ、これらの条約を他のヨーロッパ諸国はほぼ無視しました。 とくに16世紀に起こる宗教改革でプロテスタントになった(カトリック教会から離脱した)国にはそれが顕著でした。

ちなみに、16世紀初めにポルトガルが東回りで、スペインが西回りで、それぞれモルッカ諸島に到達します。 このため、両国はここでも境界線を取り決める必要に迫られました。 それが1529年のサラゴサ条約(図:緑線)です。

コロンブスの新発見がもたらした問題

Original page from the Tratado de Tordesilhas.
☆ By Original: Biblioteca Nacional de LisboaPhoto: User:JoserebeloBiblioteca Nacional de Lisboa, Public Domain, Link
スペインの支援のもと旅立ったコロンブスが、1492年に西インド諸島(カリブ海諸島)を発見しました。 コロンブスはスペインまでの帰路の途中でポルトガルに立ち寄り、国王に謁見して新発見を伝えています。

ポルトガル国王はスペインに対し、アルカソバス条約*1を理由に「カナリア諸島よりも南にある土地のすべてはポルトガルのものであるから、西インド諸島はポルトガルに帰属する」と主張しました。 コロンブスに出資したスペインとしては納得がいきません。

*1 アルカソバス条約
カナリア諸島の領有権をスペインに、同諸島より南の領有権をポルトガルに与えるとするもの。 「カスティーリャ継承戦争の和約」で、1479年に締結され、1781年に教皇シクストゥス4世が承認した。

スペインからの訴えを受けてローマ教皇アレクサンデル6世*2が宣言したのが、1493年の教皇子午線(図:紫の点線)です。 この線より東で新たに発見された地はポルトガルに、西の地はスペインに権利が与えられることになりました。

この決定にポルトガル国王は納得しませんでした。 両国間で交渉した末、境界線を西へずらしました。 これが、1494年に締結されたトルデシリャス条約(図:紫線)です。

*2 教皇アレクサンデル6世
バレンシア王国・バレンシアのシャティヴァ出身。息子はチェーザレ・ボルジア。

Treaty of Tordesillas

タイトル:Tordesillas – How the Pope divided the world between Spain and Portugal
公開者:Kings and Generals

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空想の旅にでかける
地図西インド諸島(カリブ海)
西インド諸島の名は、1492年10月12日にクリストファー・コロンブスが上陸したバハマ諸島グァナハニ島の住民アラワク人の肌の色を見て、インドに到達したと誤解したことに由来する。
地図モルッカ諸島
歴史的に香料諸島(スパイス諸島)として特に西洋人や中国人の間で有名であった。ポルトガル人は16世紀初頭にマラッカを征服し、彼らの影響はモルッカ諸島並びに他のインドネシア東部に最も強く残っているように思われる。
リンク外部リンク集
参考資料・動画・旅行記などへのリンク集

大航海時代
著者/監督:ボイス・ペンローズ/荒尾 克己

世界の全体像は一体どうなっているのかー人類が命懸けの冒険を重ね、初めてその答えに至った大航海時代こそ、間違いなく一つの“世界史の基点”といえる。しかしこの時代の全貌を知るには、膨大な原典群を通読するほかなく、専門家以外には長らく閉ざされた門であった。本書は、20世紀半ばに、「大航海時代の旅と発見に...

出版社/発売元:筑摩書房
発売日:2020年12月14日頃

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歴史Treaty of Tordesillas
the treaty of 1494 dividing the unclaimed World between Portugal and Spain. This line of demarcation was about halfway between the Cape Verde islands (already Portuguese) and the islands entered by Christopher Columbus on his first voyage (claimed for Castile and León).
旅行記トルデシリャスからブルゴスへ | 世界の美しい建物ときれいな海をめぐる旅
トルデシリャスは鉄道がなくバスでしか行けないのが不便だが2つ重要なポイントがある。1つはイサベル女王の娘で王位継承者であるファナが精神を病んで幽閉されていたサンタクララ修道院ともう1つはポルトガルと当時まだ知られていなかった新大陸側の領土境界を決めた条約締結の地である。
古地図Antique Map of the World by Paolo del Pozzo Toscanelli – circa 1450
Antique Map of the World by Paolo del Pozzo Toscanelli – circa 1450 is a drawing by Blue Monocle which was uploaded on January 1st, 2014.

冒頭の写真:The world map from Leinhart Holle’s 1482 edition of Nicolaus Germanus’s emendations to Jacobus Angelus’s 1406 Latin translation of Maximus Planudes’s late-13th century rediscovered Greek manuscripts of Ptolemy’s 2nd-century Geography.☆By Lord Nicolas the German (Donnus Nicholas Germanus), cartographerJohann the Blockcutter of Armsheim (Johannes Schnitzer or Johannes de Armssheim), engraver – Decorative Maps by Roderick Barron – ISBN 1851702989, Public Domain, Link