年表ベースでまとめた世界史ノートです。

ヨーロッパ編 / その他編

1500年:ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルを発見

1500年のポルトガルからインドへの往路(赤)と帰路(青)
☆ By Cabral_voyage.png: Lecen (based on work created by Castoro. See File:MONDO3.GIF)derivative work: Odysseus1479 (talk) – Cabral_voyage.png, CC BY-SA 3.0, Link

大航海時代 ポルトガル / ブラジル
ポルトガル王に仕えるペドロ・アルヴァレス・カブラルが、1500年4月21日にブラジルを発見します。 彼が隊長として率いた第2回インド遠征隊は、ブラジルに「偶然」に漂着したとも「意図的」に向かったともいわれています。

ブラジルに到着したのは、実際にはスペイン人ビセンテ・ヤーニェス・ピンソンのほうが1500年1月で早かったが、彼はここをインドだと思い込んでしまい、「ブラジル到達者」としてはカブラルのほうが知られているという。 ペドロ・アルヴァレス・カブラル

現在のブラジルの地に人間が居住したのは、アジアからベーリング海峡を渡った人々が、紀元前8000年頃に現在のブラジルに到達したのが最古のものであると確認されている。 (中略) 現在のブラジルに相当する地域には、遠く離れたタワンティンスーユ(インカ帝国)の権威は及ばず、この地には原始的な農耕を営むトゥピ族・グアラニー族・アラワク族系の(中略)人々が暮らしていた。 (中略) ポルトガル人到来直前の時点でこうした先住民の人口は、沿岸部だけで100万人から200万人と推定されている。 先コロンブス期 | ブラジルの歴史

カブラルの13隻の船団は大西洋の西へ

Half-length painted portrait of a bearded man wearing a hat with a large feather.
☆By Francisco Aurélio de Figueiredo e Melo (1854–1916) – História do Brasil (v.1), Rio de Janeiro: Bloch, 1980., Public Domain, Link
ペドロ・アルヴァレス・カブラル(Pedro Álvares Cabral)はポルトガルの探検家で、ブラジルを発見したとみなされています(ヨーロッパ人としてはじめて)。 彼は小貴族の出身で、良い教育を受けて育ったと伝えられています。

ペドロ・アルヴァレス・カブラルは、1500年に「第2回インド遠征隊」の隊長に任じられました。 この航海には、高価なスパイスを持ち帰ること、そしてインドとの交易関係を確立させる目的がありました。 カブラルはバスコ・ダ・ガマが発見(1498)したばかりの新ルート、アフリカ回りの航路を採ります。 これは当時アラブ、トルコ、イタリアの商人が独占していたスパイス交易路を避けるルートでした。

カブラルの13隻の船団は大西洋の西へ進み、1500年4月に南アメリカ大陸に上陸します。 すでにバスコ・ダ・ガマが、大西洋南部の西に陸があることを記録してはいました。 しかしながら4大陸に実際にはじめて上陸した人物としては、ペドロ・アルヴァレス・カブラルが知られています。

1502年に描かれたカンティーノ平面天球図。現存する最古の平面天球図であり、クリストファー・コロンブスが中央アメリカ、ガスパル・コルテ=レアルがニューファンドランド島、ヴァスコ・ダ・ガマがインド、ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルに各々赴いたことが示されている。トルデシリャス条約による分割線も図中左側に描かれている。不明 – Pieced together from Biblioteca Estense, Modena, Italy, パブリック・ドメイン, リンクによる

彼は当初、この大陸を「島」だと思っていました。 しかし沖合を探索したカブラルは、これが「島」ではなく「大陸」である可能性に気づきます。 ポルトガル国王マヌエル1世に知らせるべく使者を派遣してから、船団は当初の目的であるインドへ向けて航海を続けました。

1494年のトルデシリャス条約にのっとり、カブラルはこれをポルトガル王国の領土になると主張しました。 この地はのちに「ブラジル」として知られるようになります。

Pedro Álvares Cabral

Romantic depiction of Cabral’s first landing on the Island of the True Cross (present-day Brazil). He can be seen on the shore (center) standing in front of an armored soldier, who is carrying a banner of the Order of Christ.
☆ By Oscar Pereira da SilvaOwn work, Public Domain, Link

April 1500, Brazil was claimed for Portugal on the arrival of the Portuguese fleet commanded by Pedro Álvares Cabral. The Portuguese encountered stone-using natives divided into several tribes, many of whom shared the same Tupi–Guarani language family, and fought among themselves. Early Brazil | History of Brazil

空想の旅にでかける
地図ポルト・セグロ
ポルト・セグーロは、1500年4月22日にペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルを発見し、初めて上陸した地である。
リンク外部リンク集
参考資料・動画・旅行記・写真集などへのリンク集

「ブラジルの発見」とその時代
著者/監督:浜岡究

大西洋を渡る航海の果てに植民者は何を見たのか。大航海時代と植民地主義の現実を植民者の視点から明らかにし、ブラジルに上陸した彼らの足跡から欧州植民地政策の真相を詳述する。

出版社/発売元:現代書館
発売日:2006年03月

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その他の記事とリンク集

ヨーロッパの歴史

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当時の世界
|1501年| イスマーイール1世がサファヴィー朝を建国 16世紀:アジアの歴史
|1518年| 大西洋横断の奴隷貿易はじまる 16世紀:ヨーロッパ・アフリカ・アメリカの歴史
|1492年| コロンブスが西インド諸島(カリブ海諸島)に到達 15世紀:ヨーロッパの歴史 15世紀:アメリカの歴史
|1490年頃| シク教の誕生 15世紀:アジアの歴史

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英単語Quizlet
英語で欧州史をむための単語帳(随時更新)
人物マヌエル1世 (ポルトガル王)
その治世においてインド航路の開設等の吉事に恵まれてポルトガル王国の黄金期を築いたことから、幸運王と称される。先王ジョアン2世の推し進めた中央集権化政策を継承し、海外交易による莫大な利益を背景に、ポルトガルの絶対王政を確立した。
歴史ブラジルの歴史
文書記録を伴う歴史は1500年のポルトガル人の来航をもって始まる。以後の歴史はポルトガル領ブラジル植民地(英語版)(1500年-1815年)及びポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国(1815年-1822年)時代、ポルトガルのブラガンサ王室皇太子を皇帝に推戴して独立した帝政時代(1822年-1889年)、帝政を打倒した共和政時代(1889年-現在)に大別される。
地理Porto Seguro
in 1500 it was the first landing point of Portuguese navigators, principally Pedro Álvares Cabral.
動画The Portuguese Empire 1 of 3
Pedro Alvares Cabral leads the second expedition, discovering Brazil on his way to India. He opens a feitoria, however relations soon sour and war breaks out between the Portuguese and Calicut.
旅行記ポルトガル人が500年前に、初めて上陸したブラジルの地:ポルトセグーロ、夜市編-1-(バイーア州/ブラジル)
ここが500年前に、ポルトガル人:ペドロ・アルヴァレス・カブラル達一行が、インドの香辛料を手に入れる為に、アフリカの喜望峰を目指している途中で、難破して偶然に辿り着いてしまった未開の地:『ブラジル』。
写真集Porto Seguro brazil | Flickr