年表ベースでまとめた世界史ノートです。

ヨーロッパ編 / その他編

1501年:イスマーイール1世がサファヴィー朝を建国

タイトル:History of Shah Ismail I / Safavid Dynasty of Iran. Hindi & Urdu
公開者:Urdu Diary

イランイスラム国家

ティムール朝の衰退後の混乱期に、イスマーイール1世がアゼルバイジャンを制圧し、タブリーズに入城しました。 一般的にタブリーズの入城をもってサファヴィー朝が成立したとみなされます。

イスマーイール1世の治世から、イスラム教シーア派の信仰が周辺地域*1に根付き始めました。

*1 シーア派が根付いた地域
現在のイラン・イスラム共和国と、アゼルバイジャン共和国およびイラク共和国の一部
サファヴィー朝とは

Flag of the Safavid Dynasty from 1576 to 1666
☆ By Safavid_Flag.png: Orange Tuesday (talk)The original uploader was Orange Tuesday at English Wikipedia.derivative work: Himasaram (talk) – Safavid_Flag.png, Public Domain, Link
サファヴィー朝は、イランを支配した重要な王朝のひとつで、サーサーン朝(226年 – 651年)以来はじめてのイラン人の王朝です。 アルダビールを拠点にイラン地方に支配域をひろげ、この地方のイラン人のアイデンティティを回復しました。

王朝の最盛期には、次の地域をその支配下におきました。

  • 現アゼルバイジャン共和国
  • 現バーレーン
  • 現アルメニア
  • 現 ジョージア東部
  • コーカサス地方の北部
  • 現イラクの一部
  • 現クウェートの一部
  • 現アフガニスタンの一部
  • 現トルコの一部
  • 現シリアの一部
  • 現パキスタンの一部
  • 現トルクゥメニスタンの一部
  • 現ウズベキスタンの一部
王朝の起源と崩壊

この王朝は、イスラム神秘主義*2のサファヴィー教団*3にその起源をもちます。 サファヴィー教団はイラン北西部(カスピ海西南岸)アゼルバイジャン地方の都市アルダビール(Ardabil)に起こった教団です。

*2 イスラム神秘主義(神秘主義教団 | 世界史の窓
イスラム教の神秘主義哲学。神秘主義(スーフィズム)の指導者を聖者として崇拝する教団。
*3 サファヴィー教団(サファヴィー教団 | 世界史の窓
スーフィー教団から起こった教団。始祖シャイフ=サフィー=アッディーンにちなんだ名称。

サファヴィー朝はクルド人由来のイラン王朝ですが、その支配期間において、 高位のトルコマン民族(Turkoman)・グルジア人(Georgian)・チェルケス人(Circassian)・ポントス人(Pontic Greek)との結婚がすすみました。

王朝は1722年にアフガン人(スンナ派)の侵攻を受けて壊滅し、1736年にトルコ系アフシャール朝が成立したことで滅亡します。 しかし、東西の経済的な拠点としてのイランを復興したサファヴィー朝は、滅亡後もその文化財を後世に遺しました。 「抑制と均衡*4」に基づく効率的な国家と官僚機構や、建築技術の革新、芸術の保護などです。

*4 抑制と均衡(checks and balances)
権力のそれぞれの部門が、互いに相手の権力を抑制して拮抗する勢力となり、特定の部門が肥大化して専横な振る舞いをすることを防ぐシステム。

サファヴィー朝はまた十二イマーム派*5を広めることによって、現代にいたるまで彼らの痕跡を残しました。

*5 十二イマーム派
シーア派の主流分派。アリーの子孫の12代をイマームとして尊崇。サファヴィー朝の国教。 アフガニスタンのシャイバニ朝、アナトリアのオスマン帝国はいずれもスンナ派。

Safavid dynasty

空想の旅にでかける
地図アルダビール
アルダビール州の歴史は紀元前2500年のハカーマニシュ朝期にさかのぼる。サファヴィー朝のシャー・シャー・イスマーイール1世がイランの統一の軍を起こしたのはアルダビールである。1500年のタブリーズへの遷都まで、アルダビールはサファヴィー朝の首都であった。遷都後もアルダビールは政治経済の両面において現代に至ってその重要性を失っていない。アルダビールは1514年から1722年のあいだに14回にわたって、そして1915年にオスマン朝に占領されている。また1813年、1828年、1916年にはロシアに占領されている。
リンク外部リンク集
参考資料・動画・旅行記などへのリンク集

イラン史
著者/監督:羽田 正

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16世紀初頭にイランで成立したイスラム教シーア派の国家サファヴィー朝の建国者(在位:1501年 – 1524年)。イスマーイール1世の治世から、現在のイラン・イスラム共和国と周辺地域(アゼルバイジャン共和国とイラク共和国の一部)にシーア派の信仰が根付き始める
歴史Safavid dynasty
The Safavids ruled from 1501 to 1722 (experiencing a brief restoration from 1729 to 1736) and, at their height, they controlled all of what is now Iran, Azerbaijan Republic, Bahrain, Armenia, eastern Georgia, parts of the North Caucasus, Iraq, Kuwait, and Afghanistan, as well as parts of Turkey, Syria, Pakistan, Turkmenistan and Uzbekistan.
歴史サファヴィー朝 | 世界史の窓
1501年、イラン北西部のアゼルバイジャン地方を拠点に台頭した神秘主義教団(スーフィー教団)のサファヴィー教団の指導者イスマーイール1世が建国し、イラン全域を支配した国家。シーア派の十二イマーム派を国教とし、スンナ派のオスマン帝国、ムガル帝国と抗争した。
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冒頭の写真:The battle between the young Ismail and Shah Farrukh Yassar of Shirvan ☆ By Unknown authorhttp://warfare.tk/Persia/Shahnama-i-Ismail.htm, Public Domain, Link