年表ベースでまとめた世界史ノートです。

ヨーロッパ編 / その他編

1524年:ドイツ農民戦争

Rebellious peasants surrounding a knight.
☆ By User Rosenzweig on de.wikipedia – Quelle: selbst gescannt. Originally from de.wikipedia; description page is (was) here14:59, 24. Okt 2004 Rosenzweig 1166 x 720 (389.851 Byte) (Aufständische Bauern mit Bundschuhfahne umzingeln einen Ritter. Holzschnitt des sog. Petrarca-Meisters aus dem ”Trostspiegel”, 1539. Lizenzstatus: Public Domain. Quelle: selbst gescannt.), Public Domain, Link

農民一揆 / 戦争 宗教改革

Illustration shows the events of the German Peasant War 1523-1525
☆ By Sansculotte at German WikipediaLater versions were uploaded by TMA-1, Wombat at de.wikipedia. – Zeichnung erstellt 2003 von de:Benutzer:Sansculotte. Bild ist unter der GNU FDL zur weiteren Verwendung freigegeben., CC BY-SA 3.0, Link
ドイツ農民戦争(1524年~1525年)は、領地や都市の支配者に対する反乱です。 諸侯に対する農民一揆からはじまり、ドイツ語圏の南部~中部にひろがりました。 反乱が都市におよぶと都市の貧しい人々もこれに加わりました。

農民の反乱を支持し、指導したひとりにトマス=ミュンツァーがいます。 南ザクセンの教会説教師で、ルターの宗教改革を支持していました。 農民戦争は宗教改革的な一面をもあわせもちながら「農民+都市の貧困層 VS 領主や教会など封建諸侯」の間で戦われました。 (なおルターは農民に同情的でしたが戦争には反対でした。)

反乱は諸侯(領主)によって鎮圧され、失敗におわりました。 約30万人におよぶ人々が、貧相な武器と防具で反乱に加わり、およそ10万人が命を落としたといいます。 農民の要求はほとんど受け入れられませんでした。 封建諸侯の中には宗教改革を支持する人々もいましたが、農民の反乱という共通の危機のまえに共闘、鎮圧にとりくみました。

多忙を極めるカール5世、ドイツに不在の期間

16世紀のドイツ語圏は「神聖ローマ帝国」としてゆるく組織されていましたが、実質的には諸侯が州や市を統治し、反乱も鎮圧しました。 時の皇帝はカール5世ですが、彼はスペイン国王でもあり、イタリアを巡ってフランスとの戦争に忙しくこの期間ドイツには不在でした。

諸権利は弟のフェルディナントに委ねられていましたが、彼もまた、フランスと結んだオスマン帝国による侵攻を防ぐため忙しくしていました。

フランスやイングランドが、国王を中心とした中央集権国家として歩み始めるいっぽうで、ドイツ(神聖ローマ帝国)は諸侯が有力となり「領邦国家の集合体」といった性格をもちました。

ドイツで農民一揆が起こった背景

16世紀にドイツで農民一揆が起こった背景には、領邦君主による「農奴制の復活」があります。 8~9世紀にはじまる封建社会において農民は領主に隷属していましたが、13世紀頃からは農民の暮らしが改善されはじめていました。 すると領主の暮らしに不満が募るようになります。 そこで領主は、13世紀以降の農民が徐々に獲得していた諸権利をふたたび奪い、封建時代に逆戻りする厳しい制限を設けました。

このような処置に対して農民が蜂起したのがドイツ農民戦争です。 農民が掲げた要求「12箇条」は農民の「12カ条要求」 | ドイツ農民戦争 | 世界史の窓に詳しいです。

8~9世紀から13世紀までの農民の暮らし(古典荘園)
  • 荘園(領主の直営地)に居住し家族生活を営み、保有地を耕作
  • 領主に対し重い地代(労働+生産物)
  • 職業選択や移動の自由が無い
  • 結婚税や死亡税、教会への十分の一税などの負担
  • 領主裁判権に服する「農奴身分」
Plan of a fictional mediaeval manor The mustard-colored areas are part of the demesne, the hatched areas part of the glebe.
☆ By William R. Shepherd, Historical Atlas, New York, Henry Holt and Company, 1923 – [1], Public Domain, Link
13世紀頃に農民の生活が改善された理由(純粋荘園)
農業生産力の向上
  • 三圃制農業の普及、鉄製農具の改良などによる生産力の向上 ⇒ 作物が余る
貨幣経済の浸透
  • 余った作物は放っておくと腐ってしまうので市場で販売し、お金に換えて価値を保存
  • 領主も貨幣が欲しい ⇒ 直営地を放棄して農民に貸与 ⇒ 地代を「賦役」ではなく「貨幣」で地代を納めさせる
  • 「領主と農奴」の関係から「地主と小作人」の関係へ変化
  • 都市に逃げ込んで自由人になる元農奴もいた
14世紀の黒死病(ペスト)の流行
  • 農業人口が激減 ⇒ 農民たちが土地を捨てて逃げ出さないよう待遇を改める ⇒ 農奴に対する待遇が向上
貨幣経済のさらなる浸透
  • 農民は一定の金額を支払って「自由」を買う ⇒ 職業選択や移動の自由を得る(農業を続けるなら「独立自営農民」として)
  • 自由な経済活動によって農民が富裕化 ⇒ 南西ドイツでは農村家内工業としての麻織物業を経営してブルジョア化する農民も現れる
15世紀の領主(領邦国家)の経済的危機と対策
封建地代強化で打開 ⇒ 反動政策を強化
  • 賦役の復活
  • 地代・租税の増徴
  • 農奴制の復活
  • 村落共有地用益権の制限
  • 村落自治の制限

⇒ 農民一揆が勃発、宗教改革と呼応して、戦争に発展 ⇒ 領主(領邦国家)が鎮圧

荘園 | 世界史の窓5分でわかる!ついに崩れた!中世の象徴 | TryIT

タイトル:The Essence of Money – a Medieval Tale
公開者:Paul Grignon

German Peasants War (1524 – 1525): Reformation Uprisingドイツ農民戦争 | コトバンク貨幣経済(中世ヨーロッパ) | 世界史の窓『ドイツ史10講』2009.3.5 岩波書店『世界史図説タペストリー 十七訂版』2019.2 帝国書院

ドイツ農民戦争史研究
著者/監督:前間良爾

出版社/発売元:九州大学出版会
発売日:1998年02月

楽天books 

関連地域の歴史
|1519年| 神聖ローマ皇帝カール5世の即位 16世紀:ヨーロッパの歴史

全件表示

『旅』する 空想ときどき現実
地図ドイツ農民戦争 博物館
訪ねるGERMAN PEASANT WAR MUSEUM BÖBLINGEN
The Peasants’ War Museum keeps alive the memory of this day and of the largest mass survey in German history. It documents not only the struggle and defeat, but also the living conditions of the “common man” of that time, his wishes and hopes, his justified demands and his protest.
リンク外部リンク集
動画・旅行記などへのリンク集

その他の記事とリンク集

ヨーロッパの歴史

全件表示

当時の世界
|1526年| インド北部にムガル帝国の建国 16世紀:アジアの歴史
|1519年| アステカ帝国モクテスマ2世の治世とスペインの侵攻 16世紀:アメリカの歴史
|1519年| マゼランがスペインを出発、南アメリカ大陸の南端をまわって太平洋へ 16世紀:ヨーロッパの歴史

全件表示

英単語Quizlet
英語で欧州史をむための単語帳(随時更新)
旅行記ルターとミュンツァー
この街が16世紀初めの宗教改革の時期に発生したドイツ農民戦争の拠点の一つであり、農民や労働者を指揮したのがトーマス・ミュンツァーという神学者であったことを知ったのは最初の訪問のときでした。
旅行記Muehlhausen/農民戦争の中心地
この地は農民戦争(1524〜25年)の地として歴史的に有名。首謀者である説教師 Thomas Muentzer は 1524.5.14〜15. Frankenhausen の戦いで敗北、司令部を置いていたこの地の広場で処刑された。
動画【世界史】 中世西欧の展開5 封建社会の崩壊 (19分)
①ついに崩れた!中世の象徴 封建社会の崩壊と諸侯・騎士の没落 ②教皇なんてもう恐くない! 教皇の権威は衰退し,キリスト教を見直す動きが…
歴史 農奴解放 | 世界史の窓
中世封建制での不自由民であった農奴が次第に自由を獲得したこと。
歴史封建地代の無償廃止 | 世界史の窓
1793年7月、ジャコバン独裁政治のもと、国民公会で決議された領主の地代徴収権を無条件に無償で廃止し、農奴制の解消をもたらした重要な改革。

冒頭の写真:Illustration of the castle at Weinsberg, surrounded by vineyards. At Weinsberg, the peasants overwhelmed the castle, and slaughtered the aristocratic landlords. ☆ By Hans Peter Eberlin – scanned from the book Simon M. Haag, Fritz-Peter Ostertag: Zur Baugeschichte der Oberamtsstadt Weinsberg. Weinsberg 1995, ISBN 3-9802689-8-5. Source there: Hauptstaatsarchiv Stuttgart C 3 T 449, Public Domain, Link