オランダで手の込んだ「振り込め詐欺」に合った話

夫が「振り込め詐欺・脅迫」に合い、数百万円相当の英国ポンドを振り込むところでした。最初こそ「詐欺」でしたが、後半は「脅迫」に変ります。警察に連絡しました。詐欺師との通話は、約2時間半に及びました。幸運にも、機械の不具合で振り込みが実行されず、被害がなくて済みました。



事件のあらまし

コロナ禍のため、夫は在宅で仕事をしていました。私が買い物から帰ると、夫が携帯電話で通話中でした。夫は質問に答えていました。相手は銀行か税務署かな、と私は思いました。

日本に開設している銀行口座について、夫では回答できなかった質問があり、私がフォローしました。すると電話の相手が、夫に何かを告げました。

それまでリラックスしながら話していた夫は、急に真顔になり、通話を続けながら別室へ向かいました。

わたしが「どこからの電話なの?」と呼び止めると、夫は焦った様子で、「あとで」とだけ小声で答えました。しかも私に「声をだすな」と、手で合図するのです。

妙でしたが、私は「まぁ、いいか」と椅子に腰を下ろし本を読み始めました。が、ふと「ん?詐欺じゃない?」と、第六感が働いたのです。

私は夫が引きこもった部屋のドアに聞き耳を立てました。会話の内容が、妙でした。夫は、真摯に、電話の相手の質問に答えるべく個人情報を流し始め、銀行口座かクレジットカードらしきものの番号まで告げはじめました。

「あれ?なんかヤバくない?」と思った私は、状況を知りたくて、部屋のドアを開けました。小声で「詐欺じゃないの?」と言うと、青い顔をした夫に、無言でドアを閉められ、追い払われました。

(# ゚Д゚)はぁ!? この扱われ方には、イラッとしますよ?

私は、メモ用紙を持って、ふたたび部屋に侵入しました。夫は私が声を出すことを嫌がっているので、メモで会話しました。「犯罪の容疑がかかっている」というところまで聞き出すことができました。

夫は、詐欺師に言われるがままノートパソコンを操作し、振り込みを行おうとしました。夫の様子は、異様でした。私はびっくりして、パニック状態でリビングに駆け戻り、警察に電話しました。

夫にかかってきた電話が詐欺であることは確認できたのですが、さんざん個人情報を漏らした後なので、今度は詐欺師の手口が「脅迫」に変っていました。そのため(あるいは、私の英語が不十分だったため)2名の警官が家まで来てくれました。

夫は、ようやく、安全に電話を切ることができました。

詐欺師の手口を、夫に詳しく聞きました。



詐欺師の手口

かかってきた電話に応じると、自動音声が再生され、該当する番号を押すよう促される

私の留守中に、夫の携帯電話にコールがありました。夫が電話に出てみると、なまりのある英語の自動音声が流れたそうです。ここはオランダですから、オランダ語なまりの英語は珍しくありません。むしろ、自然です。

ただ、こちらからかけた電話ならともかく、かかってきた電話で自動音声が再生されるのは珍しいですし、そもそも、オランダ国内なのでまずは「オランダ語」が流れるのが普通です。この点は、夫も後に「盲点だった」と悔やんでいました。

自動音声は、該当する番号を押すよう促します。これに応じて番号を押すと「人間(=詐欺師)」につながります。

「あなたのBSNナンバーが不正利用されている」と告げられる

電話の向こうの「人間(=詐欺師)」が、夫に「あなたのBSNナンバーが不正利用されている」と告げたそうです。つまり、夫は被害者の立場でした。

BSNナンバーが悪用されて、マネーロンダリングに使われているとか、麻薬密売と関連があるとか、そういうことを言われたらしいです。だから調査に協力してほしいとか、そういう話だったそうです。

犯罪者本人に仕立て上げられ、裁判所への出頭を示唆される

私が買い物から戻ったのは、このタイミングです。私は、質問に回答中の夫のフォローに入りました。詐欺師は、同室に誰かいるのかと尋ねたようです。夫は「いま妻が帰ってきて、回答を手伝ってくれてるよ」と、にこやかに答えました。

すると、それまで和やかだった通話が、一変しました。

詐欺師は「あなたは、おそらくは被害者だろうけど、同時に容疑者でもあるので、質問にはひとりで答えなくてはならない。」と、強く要請したそうです。「裁判所に出頭する必要があるかもしれず、そのときに不利になるから」とか「この通話は録音しており、証拠としても使われる」なんていう理由も添えたそうです。夫はこれを信じてしまったようです。

だから、私を遠ざけて別室に引きこもったんですね。詐欺師にしてみれば、冷静な第三者が傍にいるのは望ましくないですからね。電話1本で夫をここまで操るなんて、みごとなマインドコントロールです。

そして、このあとは容疑を晴らすため、そして善良で協力的な市民であるべく、質問に真摯に答えていく夫なのでした。

容疑を晴らすため、また現金を守るためと称して、振り込みを促される

ここからが、いよいよ詐欺師の目的です。夫は、口座にある現金を、先方が指定する口座に移すよう促されました。

先の質問で夫の口座情報を把握した詐欺師が目を付けたのは、夫がオランダに開設している口座ではなく、イギリスに開設している口座でした。この口座がマネーロンダリングに使われることを防ぐため、また調査のため、そして夫の現金を守るため、等々のもっともらしく聞こえる理由をつけてきたそうです。

ただ、このあたりの経緯について、夫は詳しくは思い出せませんでした。たぶん、冷静になってから考えてみると、ほとんど何もつじつまの合わないことの連続だったんじゃないかなと思います。つじつまの合わないことって、思い出しにくいですから。

詐欺師との会話がこの段階に至るまでに、すでに1時間半を要していました。詐欺師は信用を得るまで、じっくりと時間をかけるようです。この手の詐欺の特徴かもしれません。たとえばBSNナンバーは、あえてすべてを聞かずに、下3桁だけを言わせるなど、それっぽいことをやってきたそうです。

信じさせるため、地裁の電話番号から発信してくる

それでも「振込」となると、さすがに夫も警戒したそうです。先方は「地方裁判所」を名乗っていたそうです。夫は「この電話が本当に地裁からのものであると確認出来たら、振り込みを実行する」と言いました。

すると先方は、地裁の電話番号から電話をかけてきたのです。これで、夫はすっかり信用してしまいました。(あとで警察に聞いたところ、発信元を偽るテクニックがあるそうです。)

でもね、普通に考えて、地裁が振込を指示するって、めちゃくちゃおかしな話じゃないですか。といっても詐欺師もプロでしょうから、あの手この手を使って、考える間を与えないのでしょうね。

「電話を切ったり、協力を拒めば、容疑が濃厚」と脅される

そうそう、夫は「いったん電話を切って、しかるべき場所に確認したい。それから折り返す。」とも言ったそうです。まともです。

これに対して詐欺師は「いったん電話を切ると容疑が濃厚になる」と返したそうです。夫を犯罪者扱いした筋書きの上で「容疑者グループに連絡する恐れがあるから」というのがその理由でした。

相手の正体が確実には分からない以上、夫は電話を切るに切れなかったそうです。冤罪で刑罰を受けることもある世の中ですしね…。

警察に連絡

夫とメモで会話した私は、夫に犯罪の容疑がかかっていることを知りました。でも詐欺の可能性が高いですし、警察に確認すればよいことです。

わたしは少しパニック状態でしたが、リビングに戻って112番にかけて、最寄りの警察署につないでもらい、事の次第を伝えました。ただ、私の英語はカタコトですし、事の次第を十分には把握できていないだんかいなので、うまく話すことが出来ませんでした。電話口のオペレータさんから何度も「何を言っているか、わからないわ。落ち着いて、もう一度、ゆっくり、言ってみて。」と言われました。

めげたり、躊躇する余裕は、ありませんでした。必死で、できる限り状況を伝えました。がんばりました。出川哲郎賞が欲しいくらいです。

オペレータさんに「ご主人に電話を代われる?」と聞かれました。わたしは「彼はまだ通話中ですが…声を聞いてもらうことができます」と答え、電話をもって、夫のいる部屋にいきました。夫の電話はスピーカになっていたので、オペレータさんに通話内容が伝わりました。

会話を聞いていたオペレータさんは「状況は分かったわ」の合図に「トイレ!」と声を発しました。万が一のため、警察に通報したことが知られないように、このワードを選んだのだと思います。

オペレータさんは「この電話は詐欺だから絶対に支払わないように」と告げ「警察がそちらに行きます」と言ってくれました。

私は夫にメモを差し出しました。

「POLICE said it's a SCAM. DON'T PAY.」
「Police is comming.」

手が震えて、字はガタガタでした。

詐欺から脅迫へ

夫はすでに現金の振り込みを実行していました。でも幸運にも、なにか機械的な不具合があって、完了していなかったのです。そのため、詐欺師がだんだんと苛立ちを露わにしていました。

詐欺師は「時間稼ぎをするのは疑わしい」とか「言い訳をするということは、おまえが犯罪者本人だ」などと言い始め、さらに発言と態度が横柄になり、やがて支離滅裂で暴力的な脅迫の勢いを帯びてきていました。

こうなると、夫にとって問題は、もはや「詐欺かどうか」ではなくなっていたようです。「命を守る」ことを優先するスイッチが入ってしまっていたそうです。

オペレータさんは、この時点の会話を聞いたのです。詐欺でもあり、脅迫でもある、会話でした。

夫はイギリス育ちです。若いころ、ひと気のない路地で、背中から拳銃を突き付けられて、ATMから現金を降ろすよう言われた経験があるそうです。そのときの状況がフラッシュバックしてしまい、さんざん個人情報を垂れ流したあとということもあり、本気で命の危険を感じたのだそうです。家族にだって危険が及ぶかもしれません。

「お金より命」の考えがベースにあるのは、良いことかもしれません。私なら、お金を守って命を落としそうです。

警察が到着

10分ほどで2名の警察が家に駆け付けてくれました。夫は、憔悴していました。

警察は夫に通話のミュート機能を使うよう指示し、その間にいくつか質問しました。警察は夫と2,3の言葉を交わした後、「(電話を)切ってもいいよ」と言いました。詐欺師は「お前の家に行く」と言っていたので、夫は「わかった、待っている」と答えて、2時間半に及んだ通話が終了しました。

暴力的な詐欺師が家まで来る…!

緊張が走りました。警察の1人は、警察がいることを知られないよう、家の前に止めていたパトカーを移動しに行きました。

しかし幸いにも、拍子抜けだったことに、夫が会話の記憶をたどると、「住所は聞かれていないし、伝えていない」ことがわかりました。伝えたのは郵便番号だけでした。

人騒がせなことで、本当にごめんなさい。

夫はクレカの番号を詐欺師に伝えてしまっていたので、取引停止と再発行の処理は必要になりました。被害がこの程度で済んだのは、本当に良かったです。振込が実行できなかった不具合も、本当に幸運でした。



私が思うこと

上述の経緯に、ちょこちょこ私情も書き添えました。でもまだ書き足りないことがあるので、最後にここに吐き出します。

妻を信じてくれょ

わたしは何度も、「詐欺じゃない?」と夫にメモを渡したり、合図を送ったりしたんです。なのに夫は、ある段階まで、妻である私よりも詐欺師を信じたんですよね。わたしを部屋から追い出してまで。ちょwまじでショックだわwww

オランダという国で、オランダ語はもとより、英語も不自由な私は、生活面でも夫に頼らざるを得ないことが多いです。一緒に日本に住んでいた頃とは、何かが変わりました。これは、言葉が不自由なまま外国に住むことになった多くの人に共通することだと思いますが、母国でなら出来ていたあたりまえのことが出来なくなり、見た目は大の大人なのに子供になったような不自由さを味わい、尊厳を失うんです。

日本に引っ越した米国人夫妻も、ご主人のほうが日本語に堪能なため、奥さんだけが役所などの窓口に行っても、旦那さんと一緒じゃないと取り合ってもらえないと嘆いていました。悔しいですよね。

で。わたしもね、ここオランダでは子供みたいですけどね、やっぱり生きた年数だけ、経験値は積んでるわけですよ。ちゃんと敬えよ、信用しろよ、と思うわけです。尊厳を失いがちなだけに、その反動で「敬えよ」と思っちゃったりするんですけどね。日本に住んでいた頃は、私を信じて頼ってた夫なのにねぇ…。

ってことで、誰か、わたしの活躍を賞してほしいです。「何を言っているかわからない」と言われても、めげすに果敢に挑んだので、出川哲郎賞が欲しいです。

言語が不自由なためにオペレータさんとコミュニケーションがとれなかったことや、警察に足を運んでもらうような迷惑をかけてしまったことは、申し訳ないです。語学、これからも、頑張ります!

英語が堪能じゃなかったら騙されないかも

夫はイギリス育ちの英語話者です。わたしは、英語を第二言語として学んでる途中の人です。

これね、同じ電話が私にかかってきたとしても、いまの語学レベルの私はたぶん、騙されないだろうなと思うんです。語彙力や聞き取り能力がまだ乏しい私は、会話を理解するために、状況によるツジツマ合わせを常に行っているからです。

ご近所さんとの会話でも、家族構成とか、最近の出来事とか、背景を考えながら、言っている内容を推測するんですよね。病院に行くときは、自分の疾患について、あらかじめ日本語で情報を収集しておくと、これもツジツマを合わせやすくて会話がスムーズになります。

なので、詐欺師からツジツマの合わない話を聞かされたら、たぶん理解ができません。そして「あ、これ詐欺だ」って考える方がツジツマが合ってしまうと思うんですよね。

なので、該当する言語に堪能な人ほど、騙されやすいものなのかなと、思いました。英語話者を狙った詐欺としては、よくできてると思います。

詐欺の注意喚起

報告されている詐欺の一覧(Fraud Helpdesk)

これまでに報告されている詐欺の一覧と、注意喚起を見ることができます。オランダ語ですが、ブラウザの翻訳機能を使えば読めます。

  外部リンク  Fraud Helpdesk

ニュース(DutchNews)

事件のあと、インターネットでいろいろ調べていると、同じ手口の事件がニュース記事に出ていました。

  外部リンク  More warnings issued about the police and supreme court scam